いま、数人の方とともに、市松人形をつくりながら、
あいまいな知識しか持っていないことに気付たので、
簡単ですが、調べてみました。

市松人形(ウィキペディアより)

市松人形(いちまつにんぎょう)とは、着せ替え人形の一種である。
東人形、京人形とも呼ばれ、京阪地方では『いちまさん』の愛称で親しまれている。

桐塑または木で出来た頭と手足に胡粉(ごふん、蛤粉ともいう)を塗り、
おがくずを詰め込んだ布で出来た胴につなげた人形で、裸の状態で売られ、衣装は購入者が作成する。

女児の遊び道具のほか、裁縫の練習台としても使用された。
大きさは 20 cm ほどの小さいものから 80 cm を超えるものまであるが、
40 cm 前後のものが一般的である。

女児の人形と男児の人形とがあり、女児の人形はおかっぱ頭に植毛が施され、
男児の人形は頭髪が筆で書かれている。

市松人形の名前の由来としては、顔立ちが江戸時代中期の歌舞伎役者、
佐野川市松に似ていたため市松人形と名付けられたと言う説、
当時「市松」と言う子供が多かったので、子供の人形と言う意味合いで市松人形と呼ばれたと言う説、
市松模様の衣装を着せて売られていたため、市松人形と名付けられたと言う説がある。

江戸で「人形」と言えば市松人形を指すほどだったが、子供のおもちゃとしては壊れやすいことから、
次第にセルロイド製の人形やソフトビニール製の人形に追われ、観賞用へと用途が変化していった。
そのため、観賞用途で作られた市松人形には、着せ替えを行えないものもある。
1927年、人形大使としてアメリカに贈られたことから、一時期、人気が出たが、
おもちゃとしての復権までには至らなかった。

現在市販されている市松人形は、ひな人形の脇に置かれるものとして、
頭部が石膏、体がポリウレタンで作られたものが多い。
このタイプは台座に固定された立像で、着せ替えができない。
座りや着せ替えができるタイプは、専門の人形作家の手によって伝統工芸品として制作・販売されている。

ご参考になったでしょうか?

裸で売られていたというのは知っていましたが、
お母さんやおばあちゃんが縫ってあげるものとばかり思っていたので
裁縫の練習にまで使われていたと言うのは、なるほどって感じでした。
昔の人の知恵には無駄がないのですねえ。

ここで、いちまさんの写真が入ればいいのですが、
ただいま、新作を制作中です。

さぼっているわけでもないのですが、
あっという間に一日が終わってしまい、なかなかはかどりません。
暑さのせいで、冷たいもの飲んだり、アイス食べたり、
そんな時間が多すぎるせいかも!

 

2003年の6月...
いろんな方に人形つくりの楽しさを味わっていただきたいという
私の夢をギュッとつめこんだ教室が誕生しました。

小さな小さな教室ですが、おかげさまで10周年を迎えることができました。

楽しんでいただけているでしょうか?
お役にたっているでしょうか?

やめられた方たちは、教室で覚えられたことをたたき台にして
いまも、つくっておられるのでしょうか?

人形をつくる過程は決して短いものではないし、
つくりたいと思っても、どこからはじめたらいいかわからない、
というお話を、個展のときなどにお聞きはしていましたが、
なかなか、教室にはつながりませんでした。

残念なことに、わたし自身は、
人形を教えてもらうという経験を持っていないので、
どういうふうに進めていけばいいのか、接していけばいいのか
わからなかったからです。

今もって、正解にはたどり着けない、
どころか、ますます正解には、ほど遠くにいる気がしてきますが。

もし、お役に立てるとしたら、
わたし自身の思考錯誤の歴史があるかもしれません。
わたしが、自分で失敗したこと、よかったなと思ったこと、
人形をつくる時にヒントにしていること...

わたしが曲がりくねって、寄り道したよりかは、
もう少し、そぎ落とした形で人形に近づける道というか、
そんなものが、お伝えできたらと思っています。
 
いつも「夢つむぎ」の会で集まると、いろんな話題が次から次に出てきます。
ご家族のこと、趣味のこと、心配ごと、ご近所のこと...
おしゃべりが続きます。

私も、同じように参加しながら、
ほんとに皆さんのご意見は立派、感心する!勉強させてもらいます!と思いながらも...

お話もいいけれど、手のほうも動かしてくださいね!
遠慮されないで、私を使ってくださいね!
というのが私の切なる思いでした。

でした、ってことは、少し考えが変わったのです。
ズーニーさんの本を読んでて、ふっと。

直接書いてあったわけではないのですが、
こう考えてみました。

同じメンバーが、どこか、たとえば、喫茶店とかに集まったとします。
「なんでも、今思っていること話しましょうよ。」
ということになっても、会話は弾まないような気がするのです。
もともとの仲良しってわけでもなく、
人形が接点だけのお互いを知らない個人の集まりです。

人形を創る、でなくても、勿論何でもいいのですが、
何かをやりながら、だからこそ出てくる、「言えること」ってあるんじゃないのかな、と思ったのです。

別れて帰れば、接点のない間柄だからこそ言える、本音みたいなもの。
それを、さりげなく、手を動かしながら、
「言う」「聞く」「意見する」
一番かんたんな、アウトプットの方法かもしれません。

もしかしたら、人形を創るより根源的なこと?
いやいや、比べること自体無意味ですが、
おしゃべりはおしゃべりとして
意味を持っているのかな...と、思ったわけでした。

でも、せっかくですから、どうぞ私を使ってくださいね。




2日たったのに、現場写真にほとんど変化ナシです...
お鍋の中の染料は何度も変わっているのですが、
写真では、あまり代わり映えもしませんし。


木原幸子お人形教室 木原幸子

あつい、あつい、と何度言ってもしかたないので、
エコ運転でエアコンをつけて、
この時期には毎年聴いている小野リサのフラボサノバをBGMに
けっこうノリノリで染め続けています。

ところがです。
この暑さだから、2~3時間で乾くと思っていたら、
半日かかってもまだ湿っていたり、なんか、感じがつかめなかったり。
1かせずつをどんなふうにまとめていたっけ、と悩んだり。

1年前のことが全然思い出せなくて、私ってホントに忘れっぽいなあ、(頭大丈夫かなあ)
と少しずつ手順を思い出したりしながらやっていて、思い出したことは...

去年は、秋の個展の制作がさっぱりはかどらなかったので、
絹染めは、諦めたこと。

そっか、2年ぶりだから、いろんなことを忘れてるんだ。
そうなのか...

それにしても、染めるのは楽しい。
そして、こわい。

私の好みは、微妙に違う色を入れて、ぱっと見ではわからないニュアンスを出すこと。
そのための手間は惜しまない。
何度も何度も繰り返す。

単純で、ちょっとバカっぽい作業の繰り返しだけど、
雑にしたら絶対に得られない、微妙さ加減が自分ではたまらないのです。

 
朝からうだるほどの暑さですが、中国地方も梅雨明けしたらしいです。

関東地方が何日か前に梅雨明けしていたし、
週間天気予報でも雨マークなくなっていたし、
この暑さだし、そろそろだろうとは思っていましたが、
中国地方は平年より13日も早い梅雨明けだそうです。

ということは、夏が長い?つらいです...

けれど、私は
こんな暑い日を待っていた!
なんていうのは、複雑な心境ですけど、
...待っていたのです。

人形の絹の髪の毛の染めのために。

乾きが早いので、結果が速くわかるというのは
夏ならではのことです。

せまい我が作業場。
染色を始めると二つある机の一方が占領されてしまいます。
染めては干して、色を見て、染め直す。
これの繰り返しを何度もするので
その間は机がひとつ使えなくなるので
はやり、不便です。

ということで、なるべく早く決着をつけたいと思い
この時期を待つ、ことになるのです。
(絹の束なので、冬場だと完全に乾くのに2~3日かかります。)

夏の間にいろんな色の絹糸を染めておきます。

木原幸子お人形教室 木原幸子

手前のお鍋はもちろんカレーではなく、染料のお湯です。念のため...


今日が二日目。
淡い色が入っています。
この絹糸は細めなので、いつもと少し感覚が違います。

木原幸子お人形教室 木原幸子

左二つは今は同じ色ですが、今後、どうしようかな、思案中です。

もうお昼前になってしまったので、
これから午後は肌に刺さるような暑さなので、外に出たくなくなってしまいます。
けれど、当然ですが、上部から乾いていくので、クルクル廻さないといけないし。
染め直しも、今日中にはもう1回だけかな、いやいや2回はしなくては。

お気に入りの色を出すために、
日焼けは気にしつつも、熱波と戦いながらも
また、明日に続く、気の長い作業です...